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赤ん坊を抱いているからといって、田村玲子をすぐに信用することはできません。子どもを産んだきっかけは実験であり、新一を観察する姿勢も冷静です。人を殺した過去も消えていない。
それなのに、彼女が公園で子を守る場面には、ここまでの寄生獣で見てきた恐怖とは別の感情が湧きます。生き延びる力のある存在が、逃げるより大事なものを見つけてしまった。その変化を、作品は短い共同生活の中に描いています。
この記事はアフタヌーンKC・全10巻のうち5〜8巻を中心に、初期の田宮良子時代も振り返る考察です。公園での最期は8巻に収録。以下、その結末までのネタバレがあります。
田宮良子は、初めから人間を調べていた
田村玲子は、田宮良子という名で新一の学校へ教師として現れます。周囲になじむ知性があり、右手だけを寄生された新一にも関心を向ける。他の寄生生物より話が通じるようで、何を目的に近づいてくるのかは読み切れません。
彼女は、同じく人間の身体を乗っ取った寄生生物Aとの間に子をもうけます。生まれるのは人間の赤ん坊です。寄生生物同士の子どもだから別種が誕生する、という話ではなく、身体の生殖機能は人間のものだと示されます。
この段階での妊娠は、自分たちが何者かを知るための試みでした。自分の身体や子どもさえ研究の対象に置けることが、田宮の距離感をよく表しています。
一方、田宮良子の実母には、娘の姿が同じでも違う存在だと見抜かれてしまいます。寄生生物はその母を殺す。人間の社会に合わせて立ち回れる知性と、関係を引き継げることは別でした。後に自分が親としてどう振る舞うかを考えると、この出来事は見過ごせません。
子どもを持つことが、集団の中で疑いになる
田村という名で暮らすようになってからも、彼女は新一への調査を続けます。人間の私立探偵・倉森を使うのは、人間の社会の仕組みを理解し、利用できるからです。育児を始めた時点で危険な企てをすべてやめたわけではありません。
ただ、寄生生物たちの集団では、田村の行動が次第に不安視されます。人間の子を抱え、人間への理解を深めようとすることが、仲間の利益から外れるように見える。彼女自身は優れた頭脳と戦闘能力を持ちながら、集団の中では異質になっていく。
新一もまた、人間の側で秘密を抱えて孤立しています。二人の事情は違いますが、属しているはずの集団とぴったり重ならないところがある。田村が新一を研究対象としてだけ見ているのか、それ以上に何かを確かめたいのか、再会のたびに気になってきます。
倉森が奪われたものも、消してはいけない
倉森は調査の過程で寄生生物の存在に触れ、やがて妻と子どもを殺されます。田村の子をさらう行動は許されるものではありませんが、単に赤ん坊を狙う悪人として片づけると、この対立の苦さが抜け落ちてしまいます。
彼は、自分の家族を奪った側へ同じ痛みを返そうとする。田村が一人の親へ近づいていく場面の反対側に、親としての生活を壊された人間がいます。
そのため、子どもを守る田村に心を動かされても、寄生生物による犠牲を忘れることはできません。優しい一面が見つかったことで過去が白紙になる話ではない。作品は、読者がどちらか一方だけを気持ちよく応援するのを難しくしています。
ここで倉森の家族にも目を向けて読むと、公園の場面は田村個人の変化と同時に、彼女たちの行動が生んだ結果に追いつかれる場面にも見えてきます。
三体を倒した田村が、公園では戦わない
田村は弱いから逃げられないのではありません。自分を襲った三体の寄生生物を相手にしても、身体の使い方と判断で切り抜ける力があります。作品は公園の前に、その強さを見せています。
だからこそ、警官隊の銃撃を受けながら赤ん坊をかばう姿に、選択の重さが出る。反撃の手段がない人物の最期とは違います。自分の能力を生存のために振り向ければできることがあるのに、子どもを守り、新一に託すことへ身体を使う。
田村の変化を、突然人間の母親と同じになった、と言い切る必要はないと思います。内面を新一たちがすべて理解できたわけではありません。それでも、最後に何を守ったかは分かる。説明しきれない相手の行動を受け取れるところに、この場面の余韻があります。
なお、この最期は後の市役所包囲作戦とは別の出来事です。大規模な駆除作戦に巻き込まれて死んだのではなく、子どもを取り戻そうとした公園での対峙の末に撃たれます。
新一が泣くとき、二人の母の姿が重なる
母を失って以降、新一は身体能力の向上とともに、自分の感情まで変わってしまったのではないかと悩みます。加奈を救えなかった後にも、以前の自分ならどう反応したかという不安が残る。
田村は、その新一に子を渡します。自分では助けられなかった母の記憶が、目の前で子を守った存在と重なる。新一はここで涙を流します。
泣けるかどうかだけで彼の人間性を採点するより、言葉にできずにいた喪失へ、ようやく触れられた場面として読むほうが腑に落ちます。新一はそれまで他人を気にかけていなかったわけではない。母の顔をした敵に襲われた記憶へ、母が自分を守ってくれた記憶が戻ってくるのです。
そして、それをもたらした相手は寄生生物でした。人間を取り戻すために異物を遠ざける、という筋道では説明できない。ミギーとの生活と同じように、新一は異なる存在との関わりから、自分の生き方を形にしていきます。
赤ん坊には、まだ何も選べない
田村の最期を読むとき、赤ん坊が何も知らないまま生き残ることも気になります。母の正体や実験の意図、倉森の復讐を理解しているわけではありません。周囲の大人や寄生生物の事情が、すべて自分の身体の安全に直結している。
田村が守ったのは、自分の問いに答えてくれる成果ではなく、この先を生きる他者でした。観察を続けるためには自分も生き残らなければならないのに、最後にはその順番を捨てています。
彼女の行動を何と名づけるかは読み手によって違っても、最初の実験の場面と同じ目では赤ん坊を見られなくなる。田村玲子の話は、そこまでを積み上げて終わります。新一にとっても読者にとっても、寄生生物という呼び名だけでは収まらない相手が、一人増えたままいなくなるのです。
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