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原作の対象巻を読む
3月のライオン 5巻
川本ひなたは、いじめられていた友人の佐倉ちほをかばったことで、自分も標的にされます。ちほが学校を離れたあとも、教室には同じ相手と同じ空気が残る。正しいことをしたはずなのに、翌日もそこへ行かなければならない。この時間の長さを描くのが、『3月のライオン』のいじめ編です。
ひなたが自分の行動を間違っていないと言い切る姿に、桐山零は救われます。孤立していた子どものころの自分にも、そう言ってくれる人がほしかった。その思いから、今度は自分がひなたを守ろうとしますが、零の決意だけで学校の問題が動くわけではありません。
対象はヤングアニマルコミックス通常版5〜7巻。いじめへの対応が進む結末と、並行して描かれる零の新人王獲得までネタバレを含めて考えます。島田が宗谷へ挑んだ獅子王戦とは別の棋戦です。白泉社の5巻紹介に事件の始まり、7巻紹介に新人王獲得後もひなたを案じる零が記されています。
ひなたは正しい。だからといって、平気ではいられない
この話で大切なのは、ひなたが自分を責めないことと、傷つかずに過ごせることを分けて描いている点です。ちほを助けようとした判断に後悔はなくても、無視や嫌がらせが続けば学校へ行くのはつらい。泣くことも、誰かを頼りたくなることも、その判断の正しさを取り消しません。
ちほは転校すればすぐ以前の生活に戻れるわけでもありません。岩手で家族の助けを受け、カウンセリングを受けながら、少しずつ日常を取り戻していきます。いじめが起きた教室から離れたあとにも、そこにいた時間の影響は残るのです。
ひなたは友人を助けきれなかった痛みを抱えています。それでも、ちほにとって自分の側に立つ友人がいたことには意味があった。二人の関係は、転校という結果だけで成功か失敗かを決められるものではありません。手紙を交わす時間も含めて、友達であり続けるための話になっています。
零が救われたからといって、零の物語にはならない
ひなたの言葉を聞いた零は、昔の自分まで肯定されたように感じます。この場面には、助けたいと思っている相手から、すでに自分が助けられていたという逆転があります。ただし、ひなたが苦しんだのは零を成長させるためではありません。零の感動のあとにも、ひなたには教室へ戻る朝が来ます。
そこで零は、できることを必死に探します。将棋で稼いだお金があれば、転校や弁護士の相談などにも役立てられると考える。気持ちは切実ですが、将棋で結果を出すことと、ひなたが今夜安心して眠れることは直結しません。零自身もその距離に焦ります。
林田先生への相談は、その焦りを具体的な行動へ変えるきっかけになります。林田は、問題を一度に片づけようとする零に、状況を聞き、一つずつ考える道を示します。零が一人で名案を出すことより、相談できる大人を増やすことに意味がある。6巻の出版社紹介も、この零と林田のやり取りを取り上げています。
あかりの迷いを、弱さとして切り捨てない
あかりはひなたを大切に思っています。それでも、目立つ行動をせずにいれば、妹が傷つかずに済んだのではないかと考えてしまう。守りたい気持ちが、ひなたの選択を否定する言葉に近づいてしまうことへの戸惑いがあります。
祖父の相米二は、友人を見捨てなかったひなたを肯定します。家の中にその言葉があることで、あかりも自分一人で保護者としての答えを出さなくてよくなる。川本家の温かさは、全員が最初から正解を知っていることではなく、誰かの迷いを別の人が支えられることにあります。
学校の外の人が、学校での苦しさを全部理解できるわけではありません。それでも、ご飯を用意して待つ、話を聞く、次に誰へ相談するかを一緒に考えることはできます。ひなたに強くあれと要求するより、弱って帰ってきても大丈夫な場所を保つ。その役割が家庭の場面では丁寧に描かれます。
国分先生は、仲直りを結末にしない
担任は問題を十分に受け止められず、やがて体調を崩してしまいます。代わって対応する学年主任の国分先生は、起きていることを曖昧にしたまま、ひなたに我慢を求める方法を取りません。
中心にいる高城めぐみとその母親への対応では、単に感情的に怒鳴って終わらせず、何が起きたかを確かめ、学校が引き受けるべき問題として扱います。被害を受けている生徒と、加害を続ける生徒の責任を同じにしない姿勢が、教室の空気を変えていきます。
結果として、ひなたへのいじめは収まる方向へ進みます。しかし、高城が心から反省し、ちほも戻って全員で仲直りするような結末にはなりません。国分は高城に対しても、向き合うことをやめずに関わり続けます。ここで必要なのは、美しい謝罪の場面を作ることより、同じ被害を続けさせないことです。
解決と呼べる段階に来ても、失われた学校生活やちほの傷は戻りません。だからこそ、この章は大人が登場すればすべて安心という話にもなっていない。事態を止める働きと、そのあとを生きる時間の両方が描かれています。
新人王戦で、零は怒りだけを頼りに指せなくなる
並行して進む新人王戦では、二海堂晴信が山崎順慶との対局中に倒れます。零との直接対決で倒れるのではありません。二海堂の病状と対局の経緯を知った零は、決勝で山崎と向き合うことになります。
零は山崎に強く反発しますが、その怒りに引っ張られるほど、目の前の盤面から注意がそれます。勝って二海堂の無念を晴らしたいという気持ちは、自分の将棋を崩す理由にもなってしまう。そのとき思い出すのが、将棋を大切に指してほしいという二海堂の思いです。
零は山崎を破り、新人王になります。けれども、優勝したからひなたの教室まで変わるわけではありません。対局に勝つために集中する時間と、ひなたを支えるために話を聞く時間は、それぞれ必要です。何もかも一つの勝利で取り戻そうとする零に、物語は別々の行動を求めています。
そばにいるという約束は、何度も行動にしなければならない
ひなたを守ると決めた日の零は、とても強い決意を持っています。それでも、この章で役に立つのは、その決意を一度口にすることだけではありません。林田へ相談し、家族と話し、ひなたの様子を気にかける。状況がすぐ好転しなくても、関係を途切れさせないことです。
ひなたも、ただ守られている少女として描かれません。友人への気持ちを捨てず、自分の判断を手放さず、周囲の助けを受け取りながら日々を進めます。その姿が零を変え、零の行動がまたひなたの孤立を減らす。どちらか一方だけが救う役を担う関係ではないのです。
いじめ編を読み終えたあとに残るのは、正しい人なら一人でも耐えられるという教訓ではありません。正しい選択をした人にも、ご飯を食べる場所、事情を聞く人、学校へ働きかける大人が必要だという実感です。零が川本家で受け取ってきたものは、ここで初めて、ひなたのためにできる具体的な行動になっていきます。
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