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3月のライオン

3月のライオン序盤のネタバレ考察|零が川本家の食卓に座れるようになるまで

原作の対象巻を読む

3月のライオン 1巻

対象: 1〜5巻

桐山零は、十代で一人暮らしを続けられるだけの収入を得ているプロ棋士です。それなのに、部屋には生活の手触りが乏しく、学校にも気軽に話す友人がいない。盤の前では自分で決断できる少年が、夕飯を誰と食べるかということになると、ひどく頼りなく見えます。

『3月のライオン』の序盤では、勝ち星が増えることと、零が安心して暮らせるようになることが、同じ速度では進みません。対局に勝っても落ち込み、人に会うのがつらい日もある。それでも、川本家の食卓や島田の研究会へ通ううちに、一人で部屋へ戻る以外の道が少しずつできていきます。

この記事はヤングアニマルコミックス通常版1〜5巻を中心に、島田と宗谷の獅子王戦の結果まで扱います。ひなたのいじめ問題が動き始める5巻は、零が支えられる側から、誰かを支えたいと願う側へ向かう境目でもあります。

将棋が家族をつなぎ、家族との距離も広げた

幼い零は事故で両親と妹を失い、父の友人で棋士の幸田柾近に引き取られます。将棋を指せることが、その家に置いてもらう理由になった。生きるために将棋を選んだ感覚が、現在の零の強さにも罪悪感にもつながっています。

幸田の実子である香子と歩にとって、零は父の関心を奪う存在になります。零が上達するほど、同じ家で将棋を続ける二人との関係は苦しくなる。才能があれば周囲も喜んでくれるという筋道にはならず、勝つこと自体に後ろめたさがついて回ります。

だから、零が幸田家を出て自立しただけで、過去から自由になったとは言えません。香子の言葉には今も揺さぶられ、対戦相手の事情を知ると、自分が勝つことを必要以上に責めてしまう。対局で相手を負かす仕事をしながら、誰かを傷つけずにそこにいたいと願う。その折り合いのつかなさが、序盤の息苦しさです。

冒頭に置かれた幸田との対局も、単に若手が師匠を越える場面ではありません。恩のある人に勝たなければ、自分の暮らしを維持できない。盤上の勝敗と家族への気持ちが重なっているため、勝利が晴れやかな達成にならないのです。

川本家も、悲しいことが起きない家ではない

零を川本家へつなぐのは、長女のあかりです。やがて次女のひなた、末っ子のモモ、祖父の相米二がいる食卓に零の席ができていきます。食事の量や会話のにぎやかさは、一人で過ごす部屋と対照的です。

ただ、この家を零を癒やすためだけの場所として読むと、あかりたちの暮らしが見えなくなります。三姉妹は母を亡くし、父も家を去っています。あかりは家計と家事を担い、ひなたもモモを気にかける。誰か一人が何もかも引き受けなくて済むほど、余裕のある家庭ではありません。

とりわけ、お盆にひなたが母を思い出して泣く場面は、食卓の明るさの見え方を変えます。いつも元気に振る舞う子にも、家族の前では出しにくい悲しみがある。零が会いに行く家は、悲しみのない理想の家ではなく、悲しみを抱えた人たちが毎日のご飯を用意している家です。

そのため、零にとってここへ通うことは、一方的に面倒を見てもらうだけでは終わりません。ひなたの話を聞き、モモの相手をし、一緒に食べる。大きな恩返しができなくても、同じ時間を過ごすことで関係は続きます。何かの役に立たなければ居場所を失うと考えてきた零には、この小さな積み重ねが必要でした。

二海堂は、零の孤独を尊重して待ってくれない

二海堂晴信は、自分を零の親友でありライバルだと位置づけて、遠慮なく近づいてきます。静かにしていたい零にとっては騒々しい相手です。それでも、二海堂の存在があると、零の将棋は一人で自分を追い込むだけのものではなくなります。

二人は子どものころから対局してきました。二海堂は零に勝ちたいし、零にも簡単に投げ出してほしくない。零をかわいそうな子として扱わず、盤上で張り合う相手として要求をぶつけます。その厚かましいほどの対等さに、家族関係とは違う救いがあります。

零の対局姿勢へ二海堂が真剣に怒る場面も、ただの熱血な激励としては読めません。自分の将棋を粗末にするなという思いには、長く指し続けたい二海堂自身の切実さが重なっています。零はその全部をまだ理解していませんが、自分の一局を自分以上に気にしている人がいることは、少しずつ伝わっていきます。

島田に負けて、ようやく目の前の相手を見る

獅子王戦のトーナメントで、零は香子との関係が気にかかる後藤正宗との対決を意識します。しかし、その前に座っているのは島田開です。零は後藤ばかりを見て、島田の実力と、その将棋が積み上げてきたものを十分に見ていませんでした。

結果は零の敗北です。ここで後藤を倒して因縁を晴らす展開にはなりません。島田の盤面へ踏み込むほど、自分が相手を理解したつもりになっていただけだと突きつけられます。負けた悔しさに加えて、失礼な見方をしていた恥ずかしさが残る敗局です。

零はその後、島田の研究会に入ります。敗戦の相手に教わるには、自分の見積もりが間違っていたと認めなければならない。誰にも頼らず勝てる棋士になろうとするより、わからない局面を人と考えるほうへ踏み出すことが、この時期の零には大きな変化です。

島田は後藤を破って宗谷冬司への挑戦権を得ますが、七番勝負では4連敗します。体調を崩しながら故郷の応援に応えようとする姿も描かれ、零は強い棋士にも苦しい生活と届かない願いがあることを知ります。最後の対局では、零が見いだした勝ち筋が実戦では選ばれずに終わる。敗れた棋譜の中にも、簡単に片づけられない可能性が残ります。白泉社の4巻紹介でも、島田の挑戦と京都へ向かう零がこの巻の中心として挙げられています。

5巻の零には、帰れる場所が一つ増えている

学校でも林田先生が零を気にかけ、やがて放課後理科クラブと合わさった放課後将棋科学部に居場所ができます。林田自身も将棋好きなので、零の専門を遠い世界の特技として扱いません。教えてほしい人がいて、一緒に手を動かす時間がある。学校へ通う意味が、出席日数を満たすことから少し広がります。

5巻までに、零の寂しさがきれいに消えるわけではありません。それでも、食事へ呼ぶ人、負けた将棋を検討する人、学校で待つ人ができた。零が一人で何もかも解決する必要はないと、本人の理解より先に暮らしのほうが変わっていきます。

この変化を見たあとで、ひなたに起こる出来事へ進むと、零がなぜ必死になるのかがわかります。川本家は、将棋の成績を差し出さなくても迎えてくれた場所でした。そこで暮らす人が苦しんでいると知ったとき、零はようやく、自分から誰かのそばにいようとします。

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