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父は死んだと思っていた。それなのに、金塊の暗号を彫った「のっぺら坊」が父かもしれない。キロランケの言葉で、アシㇼパの旅は大きく変わる。復讐や真相の究明よりも前に、会って確かめなければならない人が現れるのだ。
だが、網走監獄に着いても父娘の対面はかなわない。周囲の大人たちがそれぞれの目的で動き、その再会の可能性を奪ってしまう。この編の痛みは、父の正体が分かることと、娘が父に会えることを、容赦なく切り離したところにある。
対象はヤングジャンプコミックス通常版6〜14巻。札幌世界ホテルの事件から、網走の戦いと樺太へ向かう別離までの結末に触れる。起点の6巻は集英社の紹介にも父の情報とホテルの事件が載っている。8巻から読み始めると、この旅の目的が変わる場面を飛ばしてしまう。
家永のホテルでは、美しさが人を食べる
札幌世界ホテルの家永カノは、同物同治の考えに執着して宿泊客の体を狙う。自分が望む部分を人から食べれば、若さや美しさを取り戻せるという発想だ。単に客を襲う殺人者という以上に、他人の体を自分の欠けたところを埋める材料としか見ない怖さがある。
この事件に牛山が加わると、隠し通路と罠のある密室が、怪力で壊される騒々しい舞台へ変わる。恐怖の仕掛けに、さらに予測できない人間を放り込む展開が楽しい。家永がすべてを管理しているはずのホテルで、本人さえ状況を制御できなくなる。
爆発の中から家永を助けるのは牛山だ。敵として登場した者が死んで終わらず、土方の側へ加わる。この漫画では、凶悪犯であることと、誰かを助ける能力を持つことが同じ人物の中にある。のちに家永の医術が杉元を救うまで含めると、ここで生まれた関係を、単純な善悪の線だけでは整理できない。
偽の刺青は、集めるほど疑いを増やす
夕張で鶴見が剥製師・江渡貝弥作に作らせるのは、偽の刺青人皮だ。これまでの争いなら、敵より先に本物を手に入れれば前進できた。ところが偽物が混ざると、多く集めたこと自体が成果かどうか分からなくなる。
鶴見が恐ろしいのは、江渡貝の技術だけでなく、認められたいという気持ちまで使うところだ。異様な作品を笑わずに受け入れ、特別な仕事を任せる。江渡貝にとって救いに見える承認が、鶴見の企みを実現するための結びつきになってしまう。
江渡貝は炭鉱で命を落とすが、月島が偽の人皮を持ち帰るため、作戦は彼の死後も続く。本人の思いと、組織が得る成果は一致しない。杉元たちと土方たちが手を組むのも、信頼が育ったからというだけではなく、同じ偽物に対処する必要が生まれたからだ。共通の敵がいる間の協力は、その敵が消えれば簡単に崩れうる。
白石を迎えに行くことで決まる仲間の意味
白石は土方の間者だったことを恐れ、逃げ出した先で第七師団に捕まる。彼の軽さや保身は笑いを生むが、この場面では、自分はもう杉元に信用されないかもしれないという怯えにつながる。
救出では、詐欺師の鈴川聖弘を網走監獄の典獄・犬童四郎助に化けさせる大胆な策が使われる。鯉登少尉に見破られ、鈴川は射殺される。それでも杉元たちは白石を奪い返す。便利な脱獄役が戻ればよいというだけなら、ここまでの危険を冒す必要はない。
仲間かどうかを、白石自身は秘密を知られた瞬間に決まるものだと思っている。一方、杉元との関係は、捕まった彼を迎えに行く行動によってつなぎ直される。不信がきれいに解消されてから救うのではないところがいい。裏切りを完全に排除できない旅でも、それまで一緒に助け合った時間は残っている。
網走に集まる人々は、同じものを欲しがっていない
門倉利運の手引きで監獄へ潜入しても、最初に待っているのっぺら坊は替え玉だ。さらに鶴見の部隊が襲撃し、土方は犬童との対決へ向かう。杉元がアシㇼパを父に会わせたいと動く場所で、別の人々は捕虜の確保や、かつての因縁の決着を優先している。
とくに犬童の存在が、戦いを単純な三勢力の競争にしない。監獄は誰もいない宝物庫ではなく、そこを支配してきた人間の権力と恨みが詰まった場所だ。土方は犬童を倒すが、その勝利で杉元の目的まで達成されるわけではない。
銃撃や逃走が同時に進むため、読者は場所ごとの出来事をつなぎながら読むことになる。全員が一つの戦場を共有しているのに、味方のはずの人物が今どこで何をしているのか分からない。その見通せなさが、次の狙撃を準備している。14巻の公式紹介と目次にも、この監獄での決戦から「樺太へ」進む構成が示されている。
父に会ったのは、アシㇼパではなく杉元だった
本物ののっぺら坊に出会い、彼がアシㇼパの父ウイルクだと確かめるのは杉元だ。しかし、その直後に尾形がウイルクと杉元を狙撃する。ウイルクは死亡し、杉元は頭部に重傷を負う。娘が直接問いただすはずだった父の言葉は、ここで途切れる。
これは正体の謎だけを解いて一件落着にする結末ではない。父であることが分かっても、金塊を巡る過去のすべてが明らかになったわけではない。アシㇼパには、父を信じるにも疑うにも、本人と話して判断する機会が残されなかった。
尾形の狙撃に関わっているのはキロランケだ。父の情報を伝え、ここまで旅を導いてきた人物が、父を失わせる側にもいる。その裏切りは、同行者の正体が悪人だったという驚き以上に、アシㇼパの知りたい気持ちが利用されていたという後味を残す。異変を察したインカㇻマッも、キロランケと争う中で腹部を刺され、重傷を負ってしまう。
二人は、生きたまま引き離される
アシㇼパは杉元も死んだと告げられ、キロランケ、尾形、白石と樺太へ向かう。一方、杉元は谷垣に救出され、家永の手術を受けて生き延びる。読者には双方の生存が分かるのに、本人たちは会えない。死別と再会の間に、他人が握る情報の壁が立っている。
杉元はアシㇼパを取り戻すため、これまで敵だった鶴見側と協力する道を選ぶ。序盤では梅子の治療費を得るための金塊探しだった旅で、いま最も切実なのは相棒のもとへ戻ることだ。金を得る目的が消えたわけではないが、金より先に失いたくない人ができている。
網走に着けば大事なことが分かる。その期待は半分だけかなう。父の正体は分かり、父は死に、相棒は離れ離れになる。ここまで共に食べ、危険を越えてきた時間があるから、失われたのが単なる同行者ではないと分かる。大きな戦いの後に残るのは、金塊の地図よりも、もう一度二人を同じ食卓へ戻したいという気持ちだ。
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